こんな方におすすめ
- 40代以降で海外移住を考えている人
- 海外の食事に少し不安を感じる人
- 現地料理へ挑戦したいけれど勇気が出ない人
海外へ行く楽しみの一つは食事です。
特に若い頃の私は、海外へ行けば現地の料理を食べることにそれほど抵抗がありませんでした。
中国へ行けば中国料理。
東南アジアへ行けば屋台や現地の食堂。
見たことのない料理でも、
「せっかく海外へ来たのだから食べてみよう」
という気持ちの方が強かったと思います。
ところが今回、40代になってマレーシアで生活を始めてみると、自分の行動が少し変わっていることに気付きました。
現地料理へ積極的に飛び込むより、
コンビニ。
スーパー。
見慣れたパン。
安心できそうな弁当。
日本から持ってきたパックご飯やインスタント食品。
こうした物を選ぶことが増えています。
新居へ入ってからも、現地の食堂へ行けばいいのに、持ってきた食品を調理して食べてしまいました。
もちろん、移住直後で生活環境が整っていない事情もあります。
体調。
仕事。
金額。
衛生面。
さまざまな理由があります。
それでも、
「せっかくマレーシアへ来たのに、少し守りに入っていないか」
という自戒の念もあります。
今回は、若い頃の海外旅行と、40代になってからの海外生活で変わった「食への向き合い方」を、自分の経験を交えて考えてみます。
1.若い頃は「何でも食べてみる」が海外旅行の一部だった
若い頃の海外旅行では、現地料理を食べること自体が一つのイベントでした。
何が入っているのか分からない。
味も想像できない。
メニューを見ても読めない。
それでも注文してみる。
そういう経験が海外旅行の面白さでもありました。
中国へ行ったときも、現地の食堂へ入ることに今ほど抵抗はなかったと思います。
日本では見ない料理。
香辛料の強い料理。
見た目が少し独特な料理。
そういう物を見ても、
「とりあえず食べてみよう」
という気持ちが先に来ました。
多少失敗しても旅行です。
一食まずかったとしても、
「こんな料理だった」
という思い出になります。
若い頃は体調面でも今ほど深く考えていませんでした。
多少脂っこい。
多少辛い。
夜遅く食べる。
翌朝胃が重い。
それでも何とかなるだろう、という感覚があります。
海外旅行には終わりがあります。
3日。
1週間。
10日。
その期間だけ多少無理をしても、日本へ帰れば元の生活に戻れます。
だから現地の食文化へ飛び込む心理的なハードルも低かったのだと思います。
しかし今回は違います。
マレーシアは旅行先ではありません。
生活する場所です。
翌日も仕事があります。
来週もここにいます。
来月もここで食事をします。
そう考えると、一食ごとの判断が少し現実的になります。
辛すぎて体調を崩したくない。
お腹を壊したくない。
仕事へ影響させたくない。
高い店で失敗したくない。
こうしたことを考えるようになります。
若い頃は、
「食べてみたいかどうか」
が基準でした。
今は、
「明日の生活に影響しないか」
まで考えています。
これは悪い変化ではないと思います。
経験を積み、体調や仕事を意識するようになった結果でもあります。
ただ同時に、慎重になりすぎると海外へ来た意味の一つを失う可能性もあります。
若い頃の自分にはあった、
「分からないから試してみる」
という感覚。
今の自分にも少しは残しておきたいと思っています。
2.40代になると「おいしそう」より「安心できそう」が先に来る
マレーシアへ来てから、自分の食事選びを振り返ってみると、一つ気付いたことがあります。
それは、
味より安心を優先している
ことです。
スーパーへ行けば、包装された商品があります。
中身が見えます。
値段も分かります。
賞味期限も書いてあります。
コンビニなら、さらに分かりやすいです。
パン。
飲み物。
弁当。
カップ麺。
見慣れた形の商品が並んでいます。
海外にいるのに、日本で買い物をするときと近い感覚で選べます。
これは非常に楽です。
一方、現地の食堂へ入ると少し違います。
料理名が分からない。
量が分からない。
辛さも分からない。
注文方法も分からない。
店によってはメニュー表示が簡素です。
何を頼めばいいのか迷います。
若い頃なら、
「適当に頼んでみよう」
で済ませていたところです。
しかし今は、
「今日お腹を壊したら困る」
「この油は大丈夫だろうか」
「辛すぎないだろうか」
と考えます。
特に年齢を重ねると、自分の体の反応も以前とは違います。
若い頃と同じ量を食べても重く感じる。
脂っこい料理が続くと疲れる。
夜遅く食べると翌日に残る。
だから慎重になるのは自然なことです。
ただ、安心を優先し続けると、気付けば毎日同じような食事になります。
コンビニ。
スーパー。
インスタント。
パン。
そしてまたコンビニ。
海外に住んでいるのに、
食事だけ日本にいるときとあまり変わらない
という状態になります。
ここで少し反省しました。
安全を考えることは必要です。
しかし、
「知らない=危険」
ではありません。
現地の人が毎日食べている料理には、その土地なりの食文化があります。
マレーシアなら、
ナシレマ。
チキンライス。
ミー料理。
スープ。
ローカル食堂。
いろいろあります。
全部に飛び込む必要はありません。
でも一度も試さずに安全な物だけを選ぶのも違う。
40代になった今だからこそ、
慎重さと好奇心のバランス
を取り直す必要があると感じています。
3.日本から持ってきたインスタント食品を食べて少し反省した
海外移住前、日本からいくつか食品を持ってきました。
パックご飯。
缶詰。
レトルト食品。
インスタント系の食品。
移住直後は何があるか分かりません。
ホテル生活。
新居への移動。
買い物できない時間。
こうした状況を考えれば、非常食として持ってくること自体は悪くありません。
実際、非常に助かりました。
新居へ入った直後は、生活用品も揃っていません。
雨が強くて外へ出にくい時間もありました。
そのようなときに日本から持ってきた食品があると、
「とりあえず今日は食べられる」
という安心感があります。
問題は、
安心できるから、そればかり食べたくなること
です。
現地料理を食べに行くという選択肢がある。
スーパーにも食べ物がある。
それでも、
「今日はこれでいいか」
とパックご飯を開ける。
インスタント食品を調理する。
食べれば普通においしい。
失敗もありません。
しかし、食べながら少し思いました。
「自分は何をしにマレーシアまで来たのだろう」
もちろん、移住の目的は食事ではありません。
仕事があります。
生活があります。
将来の仕事につなげる目的もあります。
しかし、海外へ住む以上、現地文化に触れることも大切だと思っています。
食文化は、その中でも最も簡単に触れられるものです。
店へ入って注文するだけです。
それなのに、日本から持ってきた食品だけで済ませる。
少しもったいないと感じました。
これは日本食を否定する話ではありません。
海外生活で日本食は重要です。
疲れた日。
体調が悪い日。
日本の味が恋しい日。
そんな日は安心できる物を食べればいいと思います。
ただし、
日本食を「非常用」にするのか、「逃げ道」にするのか
では意味が違います。
私の場合、今回少し逃げ道として使っていた気がします。
だから自戒の意味も含めて、
日本から持ってきた食品は食べる。
でも、それだけに頼らない。
現地料理を一日一回。
あるいは2日に一回。
小さなルールを作ってもいいかもしれません。
無理に冒険する必要はありません。
しかし海外にいる以上、食事も経験として残したい。
インスタント食品を食べながら、改めてそう感じました。
4.現地料理に挑戦するなら「いきなり屋台」ではなく段階を作ればいい
年齢を重ねて慎重になった自分に対して、
「もっと若い頃のように挑戦しなければ」
と考えすぎる必要もないと思っています。
無理に昔と同じ行動をする必要はありません。
むしろ今の年齢なら、
安全に挑戦できる方法を考える
方が現実的です。
例えば最初から、衛生状態が分からない屋台へ行く必要はありません。
ショッピングモールのフードコート。
清潔そうなローカルレストラン。
Googleの評価が多い店。
現地の同僚がおすすめする店。
こうした場所から始めればいいと思います。
料理についても同じです。
いきなり強烈な味の物を選ばなくてもいい。
チキンライス。
スープ系。
炒飯。
麺料理。
見た目からある程度内容が分かる物があります。
そこから少しずつ広げます。
今日は一つ。
来週は別の料理。
これだけでも半年住めばかなりの種類を経験できます。
海外食文化を楽しむことは、
危険な物へ無計画に飛び込むこと
ではありません。
知らない物を少しずつ知っていくことです。
そして、これなら40代でもできます。
むしろ若い頃より経験があります。
自分の体に何が合わないかも分かっています。
無理をするとどうなるかも知っています。
だからこそ、
辛さを控えてもらう。
量を少なめにする。
昼に試す。
体調が良い日に食べる。
こうした調整もできます。
旅行なら一週間しかありません。
何でも急いで食べなければなりません。
しかし移住なら時間があります。
一年住むなら365日あります。
毎日新しい料理を食べなくてもいい。
週2回だけ新しい店へ行っても、一年で100回近くになります。
そう考えると、
移住生活では「少しずつ試す」方がむしろ贅沢
です。
若い頃の勢いを完全に取り戻す必要はありません。
今の自分なりの挑戦方法を作ればいい。
それが長期海外生活には合っている気がします。
5.現地の料理を食べることは、将来の仕事にもつながると思う
今回、食事について反省した理由はもう一つあります。
単純に「海外を楽しみたい」だけではありません。
私自身、今後このマレーシア生活の経験を、観光や旅行関係の仕事にもつなげたいと考えています。
その場合、
「マレーシアに住んでいました」
だけでは弱いと思います。
現地の人は何を食べているのか。
どの時間帯に食べるのか。
どんな店が安いのか。
家族は何を食べるのか。
若者はどこへ行くのか。
日本人でも食べやすい料理は何か。
こうしたことを実際に知っている方が、将来役に立ちます。
そして逆も同じです。
マレーシア人が日本へ来たとき、
どんな食事なら食べやすいのか。
何を珍しいと感じるのか。
何を不安に感じるのか。
現地の食文化を知っていれば、旅行者を見る視点も変わります。
例えば日本人は、
「日本へ来たなら刺身を食べればいい」
と考えるかもしれません。
しかし外国人からすれば、生魚そのものに抵抗があるかもしれません。
今の私がマレーシアで、
「知らない料理だから少し怖い」
と感じるのと同じです。
この感覚を実際に経験することには意味があります。
旅行業をするなら、
旅行者が知らない食べ物に感じる不安
を理解している方がいい。
現地料理へ挑戦することは、自分が楽しむためだけではなく、人に旅行を提案するための経験にもなります。
だからこそ、今後は少し意識的に現地料理へ触れたいと思っています。
高級店である必要はありません。
一食RM10前後のローカル料理でも十分です。
現地の人が普通に食べている物を食べる。
それを記録する。
価格。
味。
量。
注文方法。
日本人が食べやすいか。
こうした情報を残す。
それだけでもブログやYouTubeのネタになります。
40代になって慎重になった。
それは事実です。
でも、慎重になったから挑戦できなくなったわけではありません。
目的を持って、無理のない範囲で経験を増やす。
今後はそういう食との付き合い方をしていきたいと思っています。
まとめ|40代の海外生活では「冒険する勇気」より「閉じこもらない意識」が必要
今回マレーシアで生活を始めて、自分の食事を振り返ってみました。
若い頃なら、もっと早く現地料理へ飛び込んでいたと思います。
今は、
コンビニ。
スーパー。
インスタント食品。
安心できる物を選ぶことが増えました。
これは年齢のせいだけではありません。
生活者になったこと。
翌日に仕事があること。
体調を意識していること。
そうした理由もあります。
だから慎重になること自体を否定するつもりはありません。
ただ、
慎重さが、現地文化から距離を置く理由になってはいけない
とも感じています。
海外へ来た意味の一つは、自分の常識とは違う物に触れることです。
食事は、その入口として一番身近です。
毎日冒険する必要はありません。
今日はコンビニでもいい。
日本食でもいい。
インスタントでもいい。
でも次の日は一つだけ現地料理を試してみる。
それくらいで十分です。
若い頃のような勢いではなくても、
今の年齢なりの方法で外へ出る。
マレーシア生活では、食事についてもそんな姿勢を忘れないようにしたいと思っています。